チェ一族の陰謀で謀殺された母の遺志を継いだ娘・徐長今(ソ・チャングム)が、水剌間の最高尚宮を目指し、ついには女性でありながら朝鮮王朝史上初の王の主治医となり“大長今”の称号を与えられるまでのサクセスストーリー。 〜用語辞典
西洋ではルネッサンスが花開き、羅針盤を手に大海原へ乗り出していた時代。アジアでは、中国は漢民族最後の王朝の明、日本では室町時代の末期で世にいう戦国時代と、いわゆる封建時代の真っ只中。朝鮮半島においては500余年存続した朝鮮王朝期(1392〜1910)の中期にあたる時代でした。
朝鮮王朝とは1392年、李成桂(初代王太祖)が高麗(918〜1392)を倒して開いた王朝です。高麗の軍人だった李成桂は紅巾の乱で活躍し、女真人や倭寇を撃退するなど国境の脅威をなくした「強い王」として即位します。首都をソウル(漢陽)に移し、高麗の国教であった仏教を抑え、代わりに儒教をその礎としました。そして儒教の教えに基づく厳格な身分制度の下、王道政治をうちだし、中央集権的封建社会を確立していくのです。
しかし儒教の教えとは裏腹に、宮廷内では王位継承をめぐる権力争いが絶え間なく続いていきます。やがて臣下は建国以来の功臣グループ(中央貴族)と、新興官僚グループ(地方地主)に分かれて対立、党争を繰り返すことになります。前者が後者に加えた大弾圧を「士禍」と呼び、朝鮮王朝中期に4回、起こりました。また宮廷内の権力争いに気をとられ国の守りがおろそかになったのか、16世紀に入ると再び倭寇が活性化します。効果的な対策がとられないまま、1510年には在朝日本人による反乱「三浦の乱」が起こりました。豊臣秀吉による朝鮮侵略(壬辰・丁酉倭乱)は1592〜1598年のことでした。16世紀の朝鮮王朝とは、磐石と思えたその支配体制が揺らぎ始めた時代といえます。
王道政治を貫き、世に太平をもたらした第9代王成宗(在位1469〜1494)を父に持つ、異母兄弟の燕山君(在位1494〜1506)と中宗(在位1506〜1544)。ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」はこの二人の王の治世に生きる、宮廷内の女官や市井に暮らす人々を描いた歴史ドラマです。
(参考)